新型コロナ (COVID-19) :命を守れ!利権あり(自然、社会)科学なき、感染、治療、経済対策に抗して

以下、3月22日に、市民運動のメーリスに投稿したものを修正したもの
 
※1 本文中「パンデミック恐慌VSパンデモス連帯〜3・21緊急日銀アクション」の主催団体について
 「World Peasce Now の流れの団体のようだ」と書いたが、識者によれば下記
「ATTAC 」自体は、元々は、フランスなどヨーロッパで、通貨投機に対してトービン税(通貨取引税)の導入を要求する市民運動として始まり、新自由主義やグローバリズムに反対する運動、ただし排外主義でなく、国際連帯を追求するオルタグローバリズムの運動として、ヨーロッパを中心に世界的に広まっています。ただしどこかに中心がある単一の組織ではなく、各地で独自に活動するネットワークです。そういう中で、 「ATTAC Japan(首都圏)」もできたのではないかと思います。「World Peasce Now 」とは直接の関係はないのではないかと思います。

  不用意に「World Peasce Nowとの関連」を書いたことをお詫びしておきます。

 
※2 本文中、福井市保健部長の濃厚接触者へのPCR検査について、
 「様子を見ながら検査」という発言について、濃厚接触者は
 「ハァ?いくらなんでも、濃厚接触者は、即全員検査だろう!と書いているが、
  現在のPCR検査は、発症しないと、極めて陽性が出にくい。
  そういう意味で、上の表現は不適切だ。
  しかし、保険部長の「様子見」の内容は不明であるが、現在、体温37.5℃が4日続くまで
  自主的に自宅待機、その後検査。(本当に自宅待機するかどうかさえ、保障もない。
  感染意識の高い人でも、生きるために全く外出しないわけにはいかない人もいる。)なんて
  メチャクチャな基準がある。37.5℃以下の軽症者については、検査さえしない。
  ただでさえ、発症してなくとも、感染することが指摘されている新型ウィルス。
  保健当局のあいまいな言い方については、疑惑を持たざるをえない。
 
新型コロナ発生以来、国内内外、ろくな「専門家」の情報しかなく、SNSなどでは、一部、根拠のない情報・議論や(ちゃんとした根拠があるなら否定はしないが、現実ない)陰謀説までもが、飛び交う混乱の中で、いくらか、ましな情報発信や運動も生まれつつあるように思います。しかし、状況は悪くなるばかりです。(中国などでは、最悪のレベルを脱しつつあるとはいえ、決して楽観できる状況ではなく、米中摩擦や中国経済が内包する問題も含めて、恐らく、経済的な打撃は、これから本格化してくると思われる。)
この危機の最中、稚拙ながら、声を大にしたい。黙ってられるか!
日本だけではなく世界中で、医療機関や介護施設、医療崩壊が起こっている地域では、暮らしそのものの中で、命がかかった戦いが、繰り広げられている。
しかし、各国の為政者・権力者、支配階級は、まさに今、その本質を露わにし、戦争状態などと喚き、「足でまとい」とみなした者を見捨てようとしている。
自分自身も、もし、身近に感染が広がれば、高齢者施設にいる、歳相応の疾患のある92歳の母親の命は、ひとたまりもないと思う毎日が続いている。
愚かな為政者や医療エリートたちの(「医療を守るためには、いたしかたない」といった口実のもとの)棄民思想が多くの命を、さらには、感染対策と称する非科学的、デタラメな経済制限対策が、多くの暮らしと命までも危機にさらしている。
 
一方、これに抗議、正当な要求をあげるべき抵抗勢力は、ただただ事態の巨大さに(科学的に現状分析できないために巨大にみえるのだろう)、右往左往するばかりだ。
 
/// <言いたいこと>は、下記だけ
原発事故と同様の目に見えない大災害。しかし、現実におこる命の危険と、暮らし崩壊の危機。この災害は、感染の広がりが極めて人為的なものであるのと同様に、その防御、救済、復旧が極めて利権と結びつくものであるという事実に対して、怒りの声をあげよう。このまま、為政者の言いなりになって、社会の底辺で暮らす仲間、さらには、自分の家族、友人、自分自身の生命・健康・暮らしを危険にさらし続けていいのか?世界中の下積みに堪えて頑張り続ける底辺の仲間、弱者たちを権力者・支配階級の棄民思想を放置して、見捨てていいのか?
/// <言いたいこと>終わり。後は説明が続く。長いです。
 
ただただ、為政者や現代社会を牛耳るエリート階層、マスコミなどの身勝手な情報や議論が続く中で、すこし、ましな動きも出てきているように思う。
2つほど、自分のFBコメントを使って、情報を紹介したい。
 
/// 日銀抗議デモへのFBコメント一部(アクションは終わっています)
「パンデミック恐慌VSパンデモス連帯〜3・21緊急日銀アクション」
http://attaction.seesaa.net/article/474139699.html
 
上記デモの主催者は、World Peasce Now の流れの団体のようだ(←間違い ※1 参照)。広汎な反戦・平和運動を目指したはずだが、一方で、所謂「過激派」とレッテルを張った(でも、暴力的でもテロリストでもなない)思想と団体・個人を排除した運動であった。このパンデミックの本質解明を通じて、本当に、徹底的体制抗戦思想を排除するのが、広範な共闘なのかということも問い直して欲しいものだ。本当に、この社会体制の根本そのものに手を入れずに(第三の道といっても、議会制民主主義などの社会体制はそのまま)、人類の未来など描けるのか?という問いを再度やるべきではないか?
/// 日銀抗議デモへのFBコメント一部 終わり
 
/// 以下、山中伸弥教授HP へのFBコメント
山中伸弥。
大阪IR(カジノ)とセットの万博の広告塔となるような人間だが、たまには、いいこと言う。
↓↓↓↓
「もし世の中に高校生しかいなかったら、高校野球も他の競技も中止になっていないと思います。高校生は新型コロナウイルスに感染してもほとんどの場合、風邪程度の症状しか出ません。高校野球が中止になったのは、選手の安全はもちろんですが、選手の周囲の高齢者を守り、さらには、感染者が急増して医療や社会が破綻するのを防ぐためです。選手は、周囲や社会のために自分たちの夢を犠牲にしてくれているのです。」
  山中教授のサイト
  https://www.covid19-yamanaka.com/index.html
「夢を犠牲に・・・」っていうけど、「人の命や健康、暮らし、他の人々の夢と引き換えるほどの夢か?」ってことを、高校球児たちに教えてやる必要もあるだろう。けど、科学者としてそこまでは言わないのかもしれない。(でも、カジノとセットの万博には、たぶん、研究支援などと引き換えに広告塔となる。一科学者の範疇を超える)
このコロナ禍の真っ最中に、マスコミなどに登場する「専門家」が、(政府に同調する者も、批判的ポーズをとる者も)そろいもそろって、「国家」を案ずる国粋主義的思想を露骨に前提とするような連中しかいない。その中で、山中教授は、いくらかでも良心的であり、医学・疫学どころか科学一般にうとい自分でも、正面から批判的に取り組み考えるためのデータ・情報を提供してくれそうなサイトを、立ち上げてくれたことに感謝したい。
/// 山中伸弥教授HP 終わり
 
上の2つは、自分にとっては、朗報だ。
 
日銀アクションは、社会運動アクションだが、呼びかけ内容は社会科学的な論点を含んでいる。
山中教授のHPは、自然科学的な観点から、できるかぎりの予断を排除した情報を良心的に提供しようとしているものだと思う。動機は、高校生たちの(本当は大人が高校野球利権で右往左往した結果だけど)「甲子園の夢」放棄の潔さに感服したもの。「己の夢」と「皆の命、健康のためというもっと大きい夢」の差に気づいた。権威忖度や権力者との研究支援バーターの思惑と一線を画すという覚悟があるとみた。
(だから、あくまで、個人のサイトとしている)
むろん、他にも、同様のサイトや情報発信はあるだろう。
 
自分自身は、(中野流解釈の)マルクス(レーニンも)が彼らが生きた激動の時代・歴史の中で、常に最良の批判対象を必要としていたように、上のような議論・情報は、自分にとっては、啓発と批判を喚起してくれるものだと思える。
しかし、現実はまた、上のデモ主催者や山中教授の思いとは真逆に進んでいる。(だから、デモしたり、HP立ちあげたりするんだろうけど)
コロナ感染者が少ない地域に比べ、ここ福井県では、感染者ゼロが続き、マスクなどをしている人も、スギ花粉の季節で見かける程度。どこか牧歌的な雰囲気が続いてきた。もちろん、身近な年寄りのことを心配したり、「正しく恐れる」ことのできる人、或いは、いつものことだが異様にマスコミやSNS扇動に煽られる人など、全ての人が牧歌的であったわけではないし、そもそも、県人口80万弱、(東京などに比べれば密集度は、桁違いに低いだろうけど)密集都市福井市でも、郊外地区まで含めて25万人だから、それだけでも感染が広がりにくい状態ではある。
 
先日18日、初めて、福井市の男性の感染が確認された。東京出張で感染した疑いが濃いとのこと。
 
しかし、その後の濃厚接触者の扱いについての報道に驚いた人も多いのではなかろうか?
  福井新聞:「新たな濃厚接触者、会社関係者多く」
  https://www.fukuishimbun.co.jp/articles/-/1052088
 
「役員男性との最終接触から2週間の健康調査を行い、必要に応じてPCR検査を実施する」
「ハァ?いくらなんでも、濃厚接触者は、即全員検査だろう!(※2 参照)
 
今朝(22日)の福井民放の番組で、県立大の感染症専門家と福井県医師会長(福井市医師会長だったかも)、福井市保健部長が出演。感染症専門家と、医師会長が、「クラスター調査」を理由に、濃厚接触者をPCR検査すべきと発言。いずれも権力・権威者を忖度するような歯切れ悪い言い方であったが、間接的に保健部長に検査するように促した。見るからに小役人然とした市保険部長は、「検査を抑制しているわけではない」などと、何かもごもご言っていたが、「実際はPCR検査を抑制しているな」としか思えない態度。
 
<<< 検査しろよ。ことは命がかかる。お前らの利権や小役人の立場など知ったことではないが、お前らのためにも、検査するしかないんだ!>>>
 
商業マスコミの世界でさえ、PCR検査が少なすぎるという議論が起こってから、すでに数週間になる。院内感染が起こった和歌山県では、徹底的にPCR検査し、個別にもクラスター全体にも対策を行い、感染を抑えたと伝えられている。今さら、「必要に応じてPCR検査を実施する」などと、訳のわからない理屈をこねている時ではない。ふざけるな!
 
福井市だけではない。日本は、民間を含めれば検査能力は数・(保険所を通したりする時間を省くような)スピードとも遥かに高い潜在性をもち、現行でも、PCR検査数の能力は実施件数よりも数倍多い。にもかかわらず、保険所や、「帰国者・接触者相談センター」なる(恐らく)厚生労働省の息のかかった機関で抑えられているという、奇怪な状況が続いている。実際、医師が検査を要求したにもかかわらず、その数割しか、検査されていないとされる。
 
尚、安倍は、実用化がいつになるか判らない「開発中の検査キットは今までの検査時間を飛躍的に短縮できる」といっているが、そもそも、保険所や帰国者・接触者相談センターを通すといった極めて国家主義的な制度のある限り、この絶望的時間を短縮できない。どんなに忖度しても、安倍の頭の構造を理解するのは難しい。
 
その理由としてあげられるのが、「検査して患者数が増えると患者が病院などに押しかけ医療崩壊が起こる」とか、「軽症者は検査して陽性になろうが陰性になろうが同じ。いずれにしても、自宅で待機するだけ。だから、必要ない」(橋下徹など)などという、およそ頭の構造を疑うようなものである。(安倍と同じく、医療エリート、マスコミなど、「現代ファシストの太鼓持ち」の頭の構造を理解するのは困難である)
 
わざわざ、説明するのも冗長だと思うが、「患者が病院におしかけて医療崩壊がおこる」かどうかは、「検査で陽性の人がたくさんでるかどうか」で決まるわけではない。ちゃんとした、陽性者への対策・体制が整っていれば、済む話である。その対策の費用と手間暇は、絶対にかけないと言っているようなものである。「金がかかりそうなことはしない。お前ら下々は捨てる」と。
しかし、例えば、軽症者に対しては、自宅待機とか軽症者・経過観察者用隔離施設や借り上げホテルなどのシェルターを用意すればいい(現実、武漢帰国者の対策は、これが成功している。韓国も軽症者は自宅退避で、十分な補償金もでる。可能な範囲。)。さらに、重傷者が大勢でて医療崩壊をおこさせないためにも、軽症者を早期発見、隔離する必要がある。
橋下徹などの幼稚な主張も同じである。陽性か陰性か判れば、行政にとっても、当人にとっても全く違った対処、行動となる。言うのもばからしい。
それも、隔離施設をケチったために、既に彼らの思惑をはるかにこえて経済破綻までおこし、桁をいくつかあげた経済的損害、対策費の出動となる事態になっている。その現時点でも、コケンにかかわるのか、検査はごく一部しか、やらない。(こいつらの「コケン」程度で、殺されてたまるか!)
検査しないで、経過観察や自宅待機であれば、仮に本人が家に閉じこもっていても、家族への感染リスクは大きいし、その家族の外出規制までは難しい。感染抑制できない。逆に言えば、感染していないのに、家族までもが、仕事を含めた生きるために必須の活動ができなくなるということでもある。
感染拡大と命のリスクは、PCR検査するとしないとでは、全く違う。
 
しかも、WHOを含む多くの専門家が指摘するように、検査は、詳細であればあるほど、科学的に現状把握できることになる。患者本人にたいする適切な治療・隔離はもちろん、新型であるため不明な点の多いこのウィルスとその疾病にたいする解析、対策を進めのデータになる。個人的な行動や行政の判断も、このデータの精度で大きく異なる。
さらに、多くの専門家が口をそろえるが、感染疑いのある人以外に、不特定の人の疫学的調査のための検査を行って、感染状況を把握することが急がれるのである。
当たり前だが、医療崩壊前に、医療崩壊を防ぐためにも不特定多数を対象とした調査データは必須なのだ。感染者が増えれば増えるほど、隔離や治療、社会的な行動制限は困難になり、現状把握のための調査事態も困難になるのは目に見えている。
 
<<< PCR検査に余裕がある今やらずに、いつやるんだ! 阿保か! >>>
 
しかも、不特定多数の人も含む、疫学調査については、「そもそも、PCR検査事態が精度に問題があるから、やっても無駄」(?)という、極めて幼稚な理屈が平気でまかり通る。疫学については、自分は、全く知識がないが、少なくとも、疫学的な調査は、その精度も取り込んだうえの解析を行うためであり、その精度を見積もったり上げるためにも、調査・検査しデータを収集し、解析していかねばならない。いうまでもない。阿保らしい。
 
繰り返すが、<<< 検査やれよ >>> としかいいようがない。
 
全ては、そこから始まるだ。自然科学も社会諸科学も疫学も、最近はやりの人間科学もそうだろう。現実を示すデータなしでは何も始まらない。
データなしで、残ったものは、ただただ、為政者、官僚、エリート、マスコミ、つまり、支配階級とその追随者どもの利権争いや、欲望の経済・政治的な要素のつよい「推論」を根拠とする感染抑制、治療、経済対策だけとなるのだ。利権をもたない患者、医療、介護者、一般労働者、民衆は、彼ら権力者・支配者の思想の根底に根ずく棄民思想の犠牲の対象となり、命、健康と暮らし、人生を削られることになるのだ。
 
尚、少し話がそれるけど、ついで。
オリンピックも同じである。日本アスリート業界とIOC利権、日本アスリート階級の私利私欲のために、開催などできるはずもないのに、「開催しないと損失がでる」などと、開催姿勢をくずさず、練習や準備と称する危険を自ら率先して冒している。データなしでの、「アスリートの夢」という出世、示威、権威、利権の欲望を根拠とする推論を振り回す。
 
英雄きどりの日本アスリートどもに言いたい。
アスリート業界とかオリンピック利権の損害など知ったことか、お前らが後生大事にする「オラガ日本」の経済自体が、お前らアスリート業界の損失をはるかに超えた損失と、財政出動を余儀なくされているのだ。
オリンピックにしがみつくことで危険にさらされ、削られる命と暮らしの損害に、お前らが責任でも負うとでもいうのか!
「体と精神の健康のため」のはずのスポーツが、「命を奪う」という現実を知れ!
 
今、コロナ禍で多くの命が無くなっていく中、さらに、リーマンショック直後の2009年の日比谷の年越し覇権村時代を想起させる事態が起こっている。さらなる命が脅かされている。
 
高度に発展した資本主義国日本で、ホームレスが増え、起るはずもない栄養失調による死者がでた。エンゲル係数で貧困を図る時代は過去のものと、経済学ではありえないと思われた「絶対的貧困の多発」が起こった。
 
しかも今は、当時と比べて、非正規社員は増加の一方をたどっている。
当時、「こうなったら革命か戦争でも起こってほしい」(兵隊に行けば、少なくともメシは食える)と言われた時代。
 
今、戦う勢力に問われているのは、危機にさらされてる人々に、「この事態は、『現状が悪くなるより今の政権が続いて、現実を我慢するのがいい』と『悪化の一方となる現実』に耳目をふさいできた結果なのではなか。」と問い、「団結し戦えば、利権にしがみつくものから(一端、搾取・収奪された)命の糧を取り返せる」と気付かせる活動ではないか?
 
パンデミックが十分想定内にあったにもかかわらず、腐りきった国威発揚オリンピックという利権イベントに熱をあげてきた結果、貧弱な医療・危機管理体制しかできていなかったPCR検査や、疫学調査をやらせるかどうかも同じだ。団結し、連帯を深め、皆で声をあげ、多数の力を示してた力で迫れば、為政者を動かせないか?
 
為政者、権力者は、愚かにも自ら招いたこの大災害に、「まるで戦争」とパニックになっている。そのツケを我々に回そうとしているが、これを食い止めねばならないのではないか?
少なくも、愚かな奴らの言いなりになっていれば、そのツケは自分たちに回るだけだ。しかし、原因とその責任は奴らにあるのではないか?
力(膨大な民衆の数の力)で、責任を取らせようではないか。権力側も、こちらを下手につぶせば、彼らが切望するV字回復や、その後の復興などは夢と消える。なぜなら、回復、復興を現実担うのは、我々、底辺庶民であるから。それが、強大な力をもつ権力者たちの数少ない弱点なのだ。すべては、生産現場を担う自分達が握っている。
 
自分は、今回の株価暴落などの経済破綻は、コロナ禍が引き金になっているにすぎないと考える。。
米中で言えば、阿保のトランプが最初に始めたとはいえ、覇権争いをかけ習近平が応じた米中摩擦の影響が本格化し始めたこともある。
日本は、国内経済(農水林業はもとより、国内生産工場などの諸産業)を見捨て、国民を棄民し、グローバル化を夢みた半面、その牙を隠すためにも強権統治と軍事国家を目指したアベノミクスとその元の消費増税など、いつ破綻してもおかしくない状況であった。
アメリカのトランプの(庶民減税といいながら格差が広がる)デタラメな減税と軍事予算拡大などの軍事化、グローバル化で還流するマネー、それらによるバブルは、いつ破綻してもおかしくない状況だった。
「統合」で、アメリカの覇権を弱めるまでに成長したEUにしても、もともとは植民地時代からの搾取・収奪構造のもと自らまねいた戦乱・テロからの移民に直面し、「民主主義」が脅かされ、域内でドイツの一人勝ちともまでいわれた国家間格差(むろん、底辺国の庶民とEU資本家階級の格差は国家間をはるかに上回る)の矛盾が積み重なっていた。イギリスの離脱もあり、EU自体の政治・経済的存在さえ疑問視され、経済では、既にドイツ経済の落ち込みが始まっていた。
 
<<< 奴らの愚かな政策と国家主義が、その本質故の矛盾を露呈しているのだ >>>
 
今、底辺民衆の参加を可能とし広汎な議論を積み上げるような組織を構築しながら、しっかりした議論にもとづく組織戦術のもと、戦いの火の手をあげるときではないか?
 
戦わねば、世界は、格差と利権追及の果て、さらにファシズムの嵐に落ちていきかねないのではないか?政治・経済破綻のツケが情け容赦なく振り下ろされ、戦乱や原発事故、さらなるパンデミックが待ち受ける。ファシズム統制下、それは、より過酷なものとなる。
 
自暴自棄になる必要などない。資本主義的な科学・理性を徹底的に批判し乗り越えることで、資本主義的な議会制民主主義(=インチキ民主主義)をひっくり返す(つまりトップダウンの階級支配でなく民衆参加による民衆支配の)民主主義や、無産者(何も持たざる者)だけがもつ哲学・ヒューマニズム・思想を武器に、戦う組織をつくり、連帯と団結で命を守ろうと呼びかけるしかない。
 
全ては、命を守るために!